世界屈指の船旅と言われる理由
道のりの大半は、キクラデス諸島をめぐるフェリーの旅です。朝にパロス島へ渡り、アポロン神殿の大理石の門を過ぎてナクソス島へ短く寄港し、青い海を南へ長く進みます。けれども記憶に残るのはいちばん最後で、それを生み出したのは火山です。
後期青銅器時代、放射性炭素年代で紀元前1627〜1600年に、サントリーニ島は最終氷期以降で最大級の噴火で吹き飛び、アクロティリの街は火山灰に埋もれました。島の中央部は陥没し、からっぽの鉢のまわりにティラ島、ティラシア島、アスプロニシ島がリング状に残りました。海底を調べた海洋地質学者によると、海水は噴火のあいだではなく、そのあとに北の裂け目から流れ込みました。水は長さ3 km、幅1 kmの水路を削り、二日足らずでカルデラを満たしたといいます。
その裂け目が今も入口です。北から来たフェリーはイアとティラシア島の間を抜け、約10 km × 7 kmの海盆に入ります。片側に断崖、中央に黒いカメニ島群が見え、この島々は大噴火以降に溶岩が積み重なってできたもので、最後の活動は1925年から1950年にかけてでした。カルデラを内側から、水面の高さで全体として見られるのは、船だけです。やがて船は断崖の下のアティニオス港に着き、ヘアピンカーブの道が縁まで登っています。












